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金沢地方裁判所輪島支部 昭和47年(ワ)11号 判決 1977年1月28日

原告

柴田清光

ほか二名

被告

蔵本昌一

主文

被告は原告柴田清光に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和四七年四月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告柴田清光のその余の請求及び原告柴田参朗、同柴田きみの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告柴田清光勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告柴田清光に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年四月一五日から支払済まで年五分の割合による金員、原告柴田参朗、同柴田きみに対し各金二〇〇万円及び右各金員に対する昭和五一年九月三日から支払済まで年五分の割合による金員を各支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告柴田清光(以下原告清光という。)は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四五年六月一七日午後四時三〇分ころ

(二)  発生地 石川県鳳至郡門前町字道下地内国道二四九号線上

(三)  加害車 普通乗用自動車

運転者 被告

(四)  被害者 原告清光(歩行中)

(五)  態様 原告清光は国道二四九号線上を道下方面から黒島方面に向い歩行中、道路中央線付近において、後方から走行してきた加害車と接触し路上に転倒し、頭部を打つた。

(六)  原告清光の傷害の部位、程度及び治療経過は次のとおりである。

原告清光は、事故直後路上に転倒して頭部を打つたため意識を失ない、事故当日宮丸医師の診察を受けたが、そのときは頭部痛などを訴えなかつたため、そけい部打撲症にすぎないと診断された。しかし、右原告は昭和四五年一〇月二〇日に至り発作を起し、同日右医師の診察を受けたのを始めとし、同四六年八月二〇日にも第二回目の発作を起し、再度右医師に受診し、翌日県立高松病院においても診察を受けたが、長期間の薬剤投与などを要するてんかんであると診断された。その後、乗岡医院、向医院においても治療を受けたが、右原告はさらに同年一一月四日入所先の保育所において第三回目の発作を起した。そこで、同年一二月二〇日及び同四七年一月一〇日金沢大学医学部付属病院で脳波検査などを受けたのち同月一七日から同月二九日まで同病院に入院したほか、同四六年一二月一二日から現在に至るまで大和医院に通院して治療を受けている。右金沢大学医学部付属病院、大和医院においても右原告は外傷性のてんかんであると診断された。

二  (責任原因)

被告は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する義務がある。

被告は、本件事故当日普通乗用自動車を運転し、道下方面から黒島方面に向け進行中、進路前方の道路中央線付近を同一方向に歩行中の原告清光らを発見したのであるから、前方を注視し、その安全を確認し、また警音器を吹鳴して、進行すべき注意義務があつたのにこれを怠つて進行した過失により、右自動車の右側部を原告清光に接触させて同原告を路上に転倒させた。

三  (損害)

(一)  原告清光の慰藉料

右原告は本件事故によりてんかんを発病し、薬剤投与など長期間の治療を要し、これによつても治癒の見込はなく、いついかなる場合にてんかん発作が起るやも知れず、同原告の今後の修学、就職などにおいて大きな障害となることは確実であり、本件事故によつて同原告が蒙つた精神的苦痛は測り知れないものがあるが、これを慰藉料として金銭に換算するならば金三〇〇万円が相当である。

(二)  原告柴田参朗、同柴田きみの慰藉料

原告清光は右原告らの唯一人の男の子供であり、その将来に大きな望みを託していたものであるところ、原告清光は右のようにてんかんに罹患し、原告柴田参朗、(以下原告参朗という。)、同柴田きみ(以下原告きみという。)はこれにより右原告が死亡した場合にも比すべき精神上の苦痛を受けた。これらの慰藉料として原告参朗、同きみにつき各金二〇〇万円が相当である。

四  (結論)

よつて、被告に対し、原告清光は本件事故による損害賠償として金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年四月一五日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告参朗、同きみは同じく各金二〇〇万円及びこれらに対する請求拡張申立の日の翌日以降の日である昭和五一年九月三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

第四被告の事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(五)は否認する。(六)は知らない。

第二項は否認する。

第三項は争う。

なお、昭和四五年九月中旬ころ原告ら主張の場所において、被告が普通乗用自動車を運転し、原告清光が歩行中にすれちがつたことはある。

二  (事故態様に関する主張)

原告ら主張の日時、場所において、原告清光と被告との間で事故があつたとしても、被告は当時前記国道を道下方面車線を進行していたのに、右原告は突然センターラインを越えて被告運転の自動車の前方付近に走り出して、転倒したのであるから、当時右原告と同行していた母親である原告きみの監督義務を欠いた一方的過失によつて右事故は発生したものである。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

証人宮丸冨士雄の証言によつて成立の認められる甲第二号証、同玉谷恵美子の証言によつて成立の認められる甲第八号証、右両証人、同大和一成の各証言、原告柴田きみ本人の尋問結果によると、原告清光は昭和四五年六月一七日午後四時すぎころ石川県鳳至郡門前町字道下地内国道二四九号線上を黒島方面に向い歩行中、同一方向に進行してきた被告が運転する加害車(普通乗用自動車)と接触する交通事故に遭つたことが認められ、乙第一号証、乙第二、第三号証の各一ないし三、被告本人の尋問結果中の右認定に反する部分は右各証拠に照らし採用し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  責任原因

右認定事実並びに右各証拠及び成立に争いのない甲第一号証、原告柴田参朗本人、被告本人の各尋問結果(但し、採用しない部分は除く。)を総合すると、次のとおりの事実を認めることができる。

(一)  国道二四九号線は、本件事故現場付近において、幅員六メートル余、歩車道の区別のない片側一車線のアスフアルト舗装された道路で、本件現場から石川県鳳至郡門前町字道下方面に向つて約三〇メートル余の所から右にカーブしているが、石川県鳳至郡門前町字黒島方向では一直線となつているから、右道下方面から右黒島方面へ進行すると右のカーブを曲り切つたところからは前方への見通しは良好である。

(二)  原告清光は、原告参朗を父、同きみを母として昭和四〇年六月三日出生した事故当時五歳の男児であるが、事故当日午後四時すぎころ国道二四九号線上を右道下方面から右黒島方面に向つて道路右側部分をその路側端側から道路中央線寄りに訴外玉谷恵美子、原告きみ、右原告の順に横に並んで歩行して本件現場にさしかかつたが、そのとき急に道路中央線の方向に小走りで駆け出したため、道路中央付近で折から同一方向に進行してきた被告運転の普通乗用自動車(加害車)の右ドア付近に接触し、その衝撃で路上に横転して頭部、右そけい部などを打ち、右そけい部の打撲、口唇部挫創の傷害を受けたほか、その直後に約一〇秒の間意識を喪失した。

(三)  被告は事故当日加害車を運転し、右道下地内の国道二四九号線を右黒島方面に向け進行していたが、現場手前の前記左カーブを曲つてから毎時約三五ないし四〇キロメートルの速度で道路中央線寄りの所を走行して本件事故現場手前にさしかかつたところ、前方約三〇メートル以上の所の進路の右側道路部分(右道下方向線上)を横一列となつて同一方向に進行する右原告清光らがいたが(右付近の道路上に普通貨物自動車が停車していたとの被告本人の尋問結果はたやすく採用することはできない。)、そのままそれまでと同じ速度で進行し右原告らに接近していつたため、原告清光が道路中央線(加害車進路前方)方向に急に小走りに駆け出してきたのを認めて危険を感じ、直ちに左転把するとともに急制動したが間に合わず、加害車の右側ドア付近を原告に接触させた。

以上の各事実が認められ、被告本人の尋問結果中右認定に反する部分は証人玉谷恵美子の証言及び原告柴田きみ本人の尋問結果に照らし採用せず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、被告は加害車を運転して、現場手前の左カーブを通過した際、進路前方約三〇メートル以上の道路右側部分上を前認定のとおり原告清光ら三名が横一列になつて同一方向に歩行していたのであるから、自動車運転者として警音器を吹鳴して加害車の接近を知らしめることのほか減速したうえ道路左側に寄つて進行し、もつて歩行者との接触事故の発生を防止すべき注意義務があつたのにこれを怠つた過失があり、この過失によつて本件事故を惹起したと認められる。

また、右事実によると、原告清光は事故当時五歳の男児で、母である原告きみが右原告を連れ右国道上を歩行していたものであるから、原告きみは原告清光を同道して、歩行させるに際し、道路上の車両の通行の有無などを確認し、同原告に進行車両の前方への飛び出しなどをさせないよう配慮すべき監督義務があつたというべきところ、これを怠つたため、原告清光が道路中央付近まで小走りに駆け出し、これが一因で本件事故が発生したと認めるのが相当である。

三  損害

前記甲第二号証、原告柴田参朗本人の尋問結果によつて成立の認められる甲第三号証、証人向永光の証言によつて成立の認められる甲第四号証、証人大和一成の証言によつて成立の認められる甲第六号証、証人佐野譲の証言によつて成立の認められる甲第七号証、証人宮丸冨士雄、同大和一成、同早瀬きい子、同佐野譲、同向永光、同柴田はぎの各証言、原告柴田参朗本人、同柴田きみ本人の各尋問結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告清光の事故後における傷害の部位、程度、治療経過について、請求の原因一の(六)に記載のとおりの事実のほか、右原告が昭和四六年一一月二日向永光医師(向医院)において診察を受けた際にも脳波検査が行なわれた結果、右原告の病名は頭部外傷に基づくジヤクソン型てんかんであると診断されたこと、右原告は昭和四六年一二月一二日から現在に至るまでの間大和医院(大和一成医師)へ通院し、抗てんかん剤の投与を受けていて、その間はてんかん発作というべき強い症状は現われずに経過していること、そして右原告は今後も右薬剤の服用を継続するべき必要があり、てんかんの治癒(緩解)の可能性はあるが、その時期の見込は立たないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。右の認定事実及び事故態様に関する前記認定事実(原告清光が事故直後約一〇秒前後の間意識を喪失したことなどから右原告が転倒によつて頭部へ相当強い衝撃を受けたことが推認される。)及び証人佐野譲の証言によつて、五歳前後の男児が日常生活において転倒するなどしたときの衝撃で脳損傷を起し、てんかんを発病する可能性は極めて小さいと認められること(本件において原告清光が本件事故のほかに意識障害を伴なうような頭部への打撃を受けたと認めるに足りる証拠はない。)並びに前記甲第七号証、証人大和一成、同佐野譲の各証言を総合すると、原告清光は本件事故による頭部の打撃が原因で脳損傷を受け、これに基づきてんかんを発病したと認めるのが相当である(なお、原告清光のてんかん症状は、証人佐野譲、同向永光の各証言によると、脳波検査の結果、真性(遺伝性)てんかんとは異なる、遺伝以外の原因に基づくものであると認められ、この認定に反する証拠はなく、また右各証言によれば、医学上、いわゆる子供の「かん」が強いとの資質がてんかんの発病と何らかの関連があるとは考えられていないものと認められる。)。

そこで、以上の各事実に基づいて原告らの損害を算定することとする。

(一)  原告清光の慰藉料

右原告の本件事故による傷害の部位、程度、治療経過及び同原告がてんかんを発病したことにより精神に障害を残し、今後も相当長期間抗てんかん剤の服用を強いられていることなどに鑑みると、同原告が本件事故により多大の精神的苦痛を蒙つたことは容易に推認されるところであるが、右事実のほか、本件事故の態様、ことに右原告側においても相当重大な過失が存し、これが事故発生の一因となつている事実、右原告の年齢、家庭の状況など本件記録に顕われた一切の事情を斟酌すると、右原告の慰藉料としては金一五〇万円が相当である。

(二)  原告参朗、同きみの慰藉料

右原告らは原告清光の本件事故による受傷を理由として慰藉料請求していて、前記甲第一号証によれば、右原告らと原告清光とが実親子であると認められるが、不法行為の被害者の両親が被害者の傷害を理由に慰藉料請求するには、右傷害の程度が死にも比すべきものであるか、これと著しく劣るものではないことを要すると解されるところ、前判示のとおり、原告清光は本件事故により脳損傷を受け、これによつててんかんを発病したため精神に障害を残し、相当の長期間にわたる薬剤服用を余儀なくされたのではあるが、てんかんの一般的症状(原告清光は運動能力は障害されていない。)、原告清光は昭和四六年一二月から現在に至るまでは薬剤の効果によりてんかん特有の発作を起さずに経過したこと(原告柴田きみ本人の尋問結果によれば、右の間の大きな異変として原告清光が保育所において一度眠つたような状態になつたことがあるにすぎないことが認められる。)、原告清光のてんかん症状は緩解(治癒)の見込がなくはないことなどに照らすと、原告清光の右傷害が、右原告らにとつて、その死に比すべきか、著しく劣るものではない程度のものであるとまでは認められないから、右原告らの慰藉料請求は失当であるといわざるをえない。

四  結論

以上のとおり、被告は原告清光に対し本件事故に基づく損害賠償として金一五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年四月一五日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであるから、右原告の被告に対する本訴請求は右の限度で認容し、右原告のその余の請求、原告参朗、同きみの各請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大出晃之)

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